「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について」(労働政策審議会建議)

(photo by AC)

 厚生労働省労働政策審議会(会長:清家 篤 日本赤十字社社長、慶應義塾学事顧問)は令和6年12月26日、「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について(報告)」(以下、「報告」)を厚生労働大臣に建議しました。
 当該報告については、同審議会の雇用環境・均等分科会(分科会長:奥宮 京子 弁護士)において、7回にわたり議論が行われ、同分科会から同審議会会長へ報告がされたものです。今後、厚生労働省では、建議の内容を踏まえて法律案要綱を作成し、同審議会に諮問する予定となっています。
 この報告内容に関連して、当ブログでも昨年8月に記事(「カスタマーハラスメントついて事業主の措置義務に、就活等セクシュアルハラスメントも『雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会 報告書』」)として、ご紹介させていただいているところ。
 主な報告内容は、以下のとおりとなっています(当記事では、ハラスメント関連を中心に記述しています。)。 

目次

職場におけるハラスメント防止対策の強化

1.職場におけるハラスメントを行ってはならないという規範意識の醸成

 カスタマーハラスメントについて、「雇用管理上の措置義務が規定されている4種類のハラスメントに係る規定とは別に、一般に職場におけるハラスメントを行ってはならないことについて、社会における規範意識の醸成に国が取り組む旨の規定を、法律に設けることが適当である」(報告別紙P5)とし、併せて、ハラスメント対策の強化は、性別を問わず誰もが活躍するために必要不可欠のものであることから、「女性活躍推進法の基本方針」に明記することが適当であるとしています。

2.カスタマーハラスメント対策の強化

雇用管理上の措置義務の創設

 カスタマーハラスメント対策について、事業主の雇用管理上の措置義務とすることが適当であるとし、その上で、現行法に規定されている4種類のハラスメントの例に倣い、対象となる行為の具体例やそれに対して事業主が講ずべき雇用管理上の措置の具体的な内容は、指針(ガイドライン)において明確化することが適当であるとしています。
 また、カスタマーハラスメント対策を進めるに当たっては、国が中小企業等への支援に取り組むこと、 厚生労働省が消費者庁、警察庁、業所管省庁等と連携することの必要性について、触れられています。

カスタマーハラスメントの定義

 「顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行うこと」、「社会通念上相当な範囲を超えた言動であること」、「労働者の就業環境が害されること」の3要素を満たすものと定義しました(報告別紙P5。詳細は、下記厚生労働省リンクHP参照)。

指針等において示すべき事項に係る留意事項

 ①総論として、カスタマーハラスメントを雇用管理上の措置とすることの副作用(正当な権利との均衡・バランスが阻害され得ること及び事業主側の権利濫用の可能性)に関連して、「正当なクレームは、カスタマーハラスメントに当たらないこと」、「消費者法制により定められている消費者の権利等を阻害しないものでなければならないことや、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成 25 年法律第 65 号)に基づく合理的配慮の提供義務を遵守する必要があることは当然のことであること」、「各業法等によりサービス提供の義務等が定められている場合等があることに留意する必要があること」等について、触れられています。 
 ②講ずべき措置の具体的な内容については、「 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発」、「 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」、「カスタマーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応」等について、触れられています。

他の事業主から協力を求められた場合の対応に関する規定

 次の①から③について、触れられています。
 ①事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる雇用管理上の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない旨を法律で規定すること。
 ②事業主が、他の事業主から雇用管理上の措置への協力を求められたことを理由として、当該事業主に対し、当該事業主との契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくないものであることを、指針等に明記すること。
 ③当該協力を求められた事業主が事実関係の確認等を行う際に協力した労働者に対して不利益取扱いを行わないことを定めて労働者に周知すること、また、事実関係の確認等の結果、当該事業主の労働者が実際にカスタマーハラスメントを行っていた場合には、就業規則等に基づき適正な措置を講ずることが望ましい旨を、指針等に明記すること

3.就活等セクシュアルハラスメント対策の強化

 「就職活動中の学生をはじめとする求職者に対するセクシュアルハラスメントの防止を、職場における雇用管理の延長として捉えた上で、事業主の雇用管理上の措置義務とすることが適当である。」(報告別紙P8)とし、就活等セクシュアルハラスメント防止について、雇用管理上の措置義務の創設を求めています。
 事業主が講ずべき雇用管理上の措置の具体的な内容については、セクシュアルハラスメント防止指針の内容を参考とし、求職者の相談に応じられる窓口を求職者に周知することやセクシュアルハラスメントが発生した場合には、被害者である求職者への配慮として、事案の内容や状況に応じて、被害者の心情に十分に配慮しつつ、行為者の謝罪を行うことや、相談対応等を行うことを指針に明記すべきこととしています。
 また、就職活動中の学生をはじめとする求職者に対するパワーハラスメントに類する行為等については、どこまでが相当な行為であるかという点についての社会的な共通認識が必ずしも十分に形成されていない現状に鑑み、パワーハラスメント防止指針等において記載の明確化等を図りつつ、周知を強化すべきであるとしています。
 なお、報告では、上記の事業主が講ずる雇用管理上の措置の内容を求職者に対して積極的に公表することは、セクシュアルハラスメント防止に資するものであることから、当該「措置の内容を公表していることをプラチナえるぼし認定の要件に位置づけることが適当である。」(報告別紙P8)ともしています。

4.パワーハラスメント防止指針へのいわゆる「自爆営業」の明記

 いわゆる「自爆営業」(事業主が従業員に不要な商品の購入を強要したり、ノルマを達成できない場合に従業員に自腹で契約を結ばせ商品等の購入させられたりする行為等により売上げを上げる行為)関して、職場におけるパワーハラスメントの3要件を満たす場合にはパワーハラスメントに該当することについて、パワーハラスメント防止指針に明記することが適当であるとしています。

カスタマーハラスメント等の実効性

1.なお残る問題、「闇」などの部分(建前と本音)

 冒頭記載のとおり、法案提出はこれからですが、他のハラスメントと同様の考え方であれば、法律上で明記されるのは、あくまでも「事業主の雇用管理上の措置」です。また、指針(ガイドライン)は法律ではないので、厳密に言うと、カスタマーハラスメント行為について、刑事事件に該当する場合を除き、直接の罰則規定の適用はありません。
 
 事業主と従業員との関係において、各従業員自体のカスタマ—ハラスメント行為について規律するためには(=私法上の効力を発生させるためには)、労働協約、就業規則又は労働契約において、その旨を規定する必要があります。
 また、”カスタマーハラスメントの防止”の雇用管理上の措置は(上記の私法上の効力発生要件がある場合を前提として)、事業主と従業員のみが拘束されるに過ぎません。

 1番の問題である悪質なクレーマーに対しては、刑罰法規に触れる場合を除き、いわゆる第三者であり、当該雇用管理上の措置を以って対抗(相手の行動を制限することなど)することは、法律上、担保されていません(最近、身近な話しですが、ある業者が一般の人が法律の不知をいいことに、顧客の言動を抑制するためにあたかも刑罰法規みなたいなニュアンスで話しをしていることを見聞きしましたが…)。
 
 また、カスタマーハラスメントに係る雇用管理の義務付けが施行になった後でもある意味、「闇」の部分として残り得る若しくは解決出来ないであろう、”力関係で上の取引先等の従業員等からのカスタマーハラスメント”です。
 
 「報告別紙」では、前記のとおり、「他の事業主から協力を求められた場合の対応に関する規定」として協力(努力義務)を法律上明記することや「事業主が、他の事業主から雇用管理上の措置への協力を求められたことを理由として、当該事業主に対し、当該事業主との契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくないものであることを、指針等に明記すること」(報告別紙P9)としています。

 しかし、合法的な報復、降格、不利益な取扱い、立場を利用した権力の乱用、沈黙を同調させられる圧力とそれに屈する周囲の者など、実態として、どこまで制度趣旨を担保出来るか?
 私も職業人としてもうすぐ36年になりますが、その経験上から、直観的にかなり難しいというのが、正直な感想です。

 いわゆる下請法や昨年11月に施行されたいわゆるフリーランス法なども、中小下請け企業やフリーランス事業者を保護する法律ですが、某自動車メーカーや某老舗出版業が下請法に抵触するいわゆる”下請けいじめの問題”を報道する事案も昨年、いくつかあったと思います。恐らく、このような事案が発覚するのは氷山の一角で、この問題についても、強者と弱者という構図の下、解決出来ない、隠ぺいされるなどの問題が続いているのは、ハラスメントと共通して、本質的、根源的に、こびりついて取れない人間の「闇」(性)故から生じる問題だと思います。

 古今東西、法律だけでは解決出来ない部分というのは、今も昔も存在するものだと思います。かと言って、勧善懲悪の立場に立ち、法律による抑止力を最大限にした場合、ハラスメント自体が非行為者がどのようなに感じるかかがハラスメントになるかどうかのボーダーラインになっている、つまり、人の内心の部分の問題でもあるため、一律に強力な規制を掛けるとその弊害や副作用の問題も生じてくるのだと思います。
 
 また、自由主義、私的自治、契約自由、競争社会の下、経済力が強い者等が主導権を握るのは当然で、そのような自由競争又は社会を規律する一定程度のピラミッド構造があるからこそ、経済社会は発展、安定して行く面もあると思っています(弱肉強食の世界、自然淘汰などの摂理又は法治国家の維持。)。そこに、頭から規制を掛ける、競争を阻害するなどの規制を掛けるとき、今の日本をダメにした要因だと思っている(=私見)”悪しき平等”という得たいの知れないものが頭を擡(もた)げて来るのではないでしょうか。

2.やっぱり、トップ次第と闘う姿勢(本質的な課題)

 上記1のとおり、法律では、完全に解決出来ない部分があるというのを踏まえ、カスタマーハラスメント等にどのように向き合っていくべきなのでしょうか。
 それは、私見ではありますが、筆者の過去の記事「カスハラに起因する自殺に労災認定」でも記述しましたが、やはり、会社等のトップがカスハラと闘うという腹決めと覚悟、従業員への表明に尽きることだと思います。 経営者や地位の高い管理職が被害を受けている従業員としっかりコミニュケーションを取り、カスハラへのセーフティーネットとなれば、暴力や土下座を強要する行為等を除き、度を越したクレームであっても単なる雑音にしか聞こえなくなるという心の余裕が従業員等に生まれるかもしれません。
 
 また、従業員個人も、かなりの勇気が必要かと思いますが、闘う意志を持つことが必要だと思います。これも、約36年余の職業人人生からの経験からですが、カスハラやいじめをして来る人間たちは、こちらの弱いところ、足下を見て、攻撃、更なる攻撃を仕掛けて来ます。「闘う」という「意志」を持ち、相手にそれを見せることに尽きることだと思います。そして、それを会社等も担保すること(上記のコミニュケーションなど)も必要かと思います。
 
 以上のことへの具体的方策としては、各業態により違いが出て来るかとは思いますが、顧客や取引先又は等からのクレームについて、どこまで対応するか、これ以上になったら対応しなくていい(「闘う」)という線引きを示し、決して、従業員等の自己判断によりそれを判断させないルール作りが必要かと思います(逆に、正式なクレームへの対応についても、誠実に対応しなければいけないことを雇用契約等に定め、ルール化しておく必要もあると思います。)。 

 また、犯罪行為に当たるような行為又は犯罪行為になるかならないかグレーゾーンでもその一旦が見られるような行為については、経営者・従業員は、毅然とした態度を取ること(警察への通報など具体的な対応措置を含む。)を文書化等し、社内の共通認識として確立しておくことも必要かと思います。
 
 前記のように、カスタマーハラスメントが原因で命を失くすような最悪の事態を回避することを主眼とすることを明らかにし、「犯罪行為に当たる行為には、例外なく厳格に対処する」という社内ルール(腹を括る線引き)を表明、社内に周知したうえ、その時に前面に立ってくれる弁護士を見つけておくこと(ある意味、武装化)だけでも、悲惨な結末に終わるカスハラ事件の件数は、かなり、減ると考えています。

 なお、取引先等からのカスタマーハラスメントへの対応については、私もこれということは明言出来ません。何故なら、組織対組織の問題となると共に、取引先等より立場が弱い場合、企業の死活問題にもなり得るからです(下請け法、フリーランス法における中小企業者、フリーランサー事業者も同じ立場だと思います。)。
 
 ただ、この場合においても、カスハラの被害を受ける従業員等を生贄のようにそのままにしておくのではなく、精神的ケアや雇用の保障について、トップ自ら又は上司が保証し、その従業員としっかりコミニュケーションを取る必要があると思います。それにより、被害を受けている従業員等の重しが取れるのではないでしょうか。
 
 勿論、この場合においても、前記と同様、脅迫など犯罪行為になるよう場合は、毅然とした態度を取る必要があり、「犯罪行為に当たる行為には、例外なく厳格に対処する」という社内ルール(腹を括る線引き)を前提にしたうえで、現実的な対応を組織的にどのように行うか、対策をあらかじめ、考えておくことが肝要だと思います(弁護士などと相談して)。

最後は法律に訴えるという伝家の宝刀を腹に隠し、会社の利益と従業員等の精神と命の双方を守りつつ、カスタマ—ハラスメント行為者を上手く操縦し、出来れば懐柔し、仲良くなり(心底仲良くなる必要はありませんが)、コントロールしていくことを、組織で対応(オペレーション)していく作戦です(口で言うのは簡単とお叱りを受けるかもしれませんが。)。  

 要は、カスハラの被害を受けている従業員(=被害用)一人にその重荷を背負わせるのではなく、組織として対応(=バックアップする体制の構築)が必要なのだと思います。

3.カスタマーハラスメントの経営上のリスク(潜在債務発生の可能性)

 カスタマーハラスメントは、従業員等の生産性などを下げるなど経営上の問題を孕むほか、カスタマーハラスメント防止が雇用管理上の措置として法定されたことに伴い、事業主に損害賠償責任が生じる可能性があるなどの法律上のリスク(潜在債務発生の可能性)が発生する可能性があり得ます。

労災民訴

 先の過去の記事の事案「カスハラに起因する自殺に労災認定」のようにカスハラを要因に労災認定されるほか、カスタマーハラスメント防止策を講じることが法律上事業主の義務となるため、カスハラによるストレスが原因で従業員等が精神疾患や事例のような自殺に至った場合、事業主は、労働契約法第5条の安全配慮義務を怠ったとして、債務不履行(民法第415条)による損害賠償責任が、また、事業主の対応等により不法行為(民法第709条、第710条)が成立する場合、同条による損害賠償責任を免れ得ない場合も起こる可能性があります。

使用者責任による損害賠償責任(民法第715条)

 前記2の中々、解決が難しいとした問題に関連して、他の事業主の従業員によるカスタマーハラスメントが「事業の執行について」行われた場合は、当該他の事業主は民法第715条に基づく使用者責任を負い、被害者より損害賠償責任を請求される可能性があります(当該事業主<使用者>に代わって事業を監督する者(代理監督者)にも、当該事業主<使用者>と同様の責任が生じる可能性もあります。)。この場合、カスタマーハラスメントを行った行為者(当該他の事業主の従業員等)も、不法行為による損害賠償を被害者から請求される可能性があります。
   
 また、今回の法改正は格別(カスハラ云々以前に)、民法715条に該当しない場合でも、カスタマーハラスメントの行為者(加害者)の態様により不法行為が成立する場合、被害者から損害賠償の請求を起こされる可能性もあります(民法第709条、第710条)。
 

最後に

 「一流人 私の好きな言葉」(佐藤秀郎編、講談社、昭和60年1月15日第1印発行)の中で、作家の佐藤愛子氏が私(佐藤氏)の好きな言葉として、「人間は負けるとわかっていても戦わねばならぬ場合がある」という言葉について書かれています。バイロン(18世紀末から19世紀にかけて活躍したイギリスのロマン派詩人)の言葉だそうです。

 言葉の意味、注釈については、佐藤氏が書かれているので、ここでは敢えて書きません。

 負けることわかっている場合、戦うことによって失うものが大きい場合、また、意味がなく何も得るものがない場合、時間の浪費だけが生じる可能性が大きい場合、本当に辛い時それを緩和するためなどの場合に、戦うことを回避する上手く回避する、又は、逃げることは、処世術として生きる知恵の一つだと考えています(私が若い頃、これが出来なかったため、私は苦労<自滅>しました。そのような性質のため、同じ職場で同じ属性に属する先輩たちから疎まれていたようで、上手く立ち回ればいいのに、それが出来ませんでした<後年になり、彼らが自分の足を陰で引っ張っていたことを私を拾ってくれた同じ職場の恩人から聞きました。>。そのようなことから、一時期、ボロ雑巾<嫌な奴>のようなになり、周囲からも、そのような目で見られていたと思います。自業自得の面が多分にあったのも事実ですが。)

 しかし、自己の尊厳・信念、守るべきものや人がいる場合、この言葉を忘れてはいけないと、ボロボロになりながらも、その若い頃より思い続け、今もその気持ちは、若い頃と同様、変わりはありません。

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この記事を書いた人

勤務特定社労士。左記国家資格以外に、BSA(事業承継アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、TAA(事業再生アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、事業承継・M&Aエキスパート(一般財団法人金融財政事情研究会)の認定資格を取得。現在は、上記いずれの資格とは、直接には関係のない公的年金関係の団体に従事する勤め人です。保有資格に関連する実務経験はありませんが、折角、保有している資格を活かしたく、個別労働関係紛争に関する事項、労働法務デューデリジェンス、中小企業の事業再生や事業承継M&A、経営者保証問題について、中小企業庁が公表している各種ガイドライン、M&A関連書籍等及びセミナー等を通じて、自己研鑽・研究しています。現在(令和6年)、58歳。役職定年間近の初老の職業人です。

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