厚生労働省が本年1月21日に、労働政策審議会 (労働条件分科会)を開催し、次期(令和8年通常国会に法案提出目途)労働基準法等改正に向けて審議を開始しています。
この日の議題のうち、報告事項として、労働法等の学識者による労働基準関係法制研究会(以下「研究会」)の「労働基準関係法制研究会報告書」(以下「報告書」)が示されています。報告書は本文で全48ページになっており、労働保護法制を巡る問題と諸課題について、幅広く記載されています。本記事では、その要約等について、記載したいと思います。
報告書の柱と構成
報告書では本研究会に先立ち、「新しい時代の働き方に関する研究会」(座長:今野浩一郎学習院大学教授・学習院さくらアカデミー長)が令和5年にまとめた報告書の中で重要であるとされた二つの視点(「守るの視点」「支える視点」)を両立するにあたっては、「原則的な制度を、シンプルかつ実効性のある形で法令において定めた上で、法令において定められた最低労働基準としての規制の原則的な水準を守りつつ、多様な働き方を支える仕組みとすることが必要である。」(報告書P6)としています。
そして、その考察、検討に際しては、ⅰ)労働保護法制の対象となる「労働者」をどう捉えるかⅱ)実効的な労使コミニュケーションの確保の整備、が必要と記載されています(報告書P6)。
また、「働き方改革関連法の施行から5年が経過し、その効果を測りつつ、働き方の更なる改革として何が必要か検討しなければいけない」(報告書P7)としています。
以上の2点を踏まえ、報告書は、「労働基準法制に共通する総論的な課題」と「労働時間法制の具体的課題」の二つの主題で構成されています。
以下、各主題の各項目についての要約を記したいと思います。
労働法制に共通する総論的な課題
労働基準法における「労働者」について
労働基準法第9条の「労働者」の定義
問題点として「労働基準法第9条の「労働者」の定義は、多様な働き方を包括できておらず、最近では、本来「労働者」」として扱うべき者を「請負事業者」として扱うなど潜脱行為の事象も散見される。このようなことは、強行法規によって労働条件の最低条件を定めた労働保護法(労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法)を制定した意義自体が失われてしまうことになる。」(報告書P10)をあげています。
そして、現行の労働基準法第9条の規定の下で、具体的な労働者性判断が適正に、予見可能性(労働基準法の労働者となる可能性を事前に認識できるかどうか、筆者が追記)を高めた形で行われるために、どのような対応が必要かが検討課題とされています(報告書P11)。
昭和60年労働基準法研究会報告について
報告書では、前記の検討課題に呼応する形で、現在でも行政解釈や司法判断の判断要素として参考にされている「昭和60年労働基準法研究会報告」(以下「60年報告」)について触れています。
報告書では、60年報告がまとめられた時から約40年が経過し、産業構造の変化、働き方の多様化、デジタル技術の発展が顕著であるとし、特に、プラットフォーム・エコノミー(プラットホームを通じて労務(労働の成果物)やサービスの提供を行う仕組みなど)の発展により、プラットフォームワーカー、ギグ・ワーカーなど「労働者」に近似した「ネオ事業者」(筆者による命名)が出現し、労働者性の判断の分かりにくさが増大している問題点をあげています。
そして、この問題点に対する課題事項として、「当該報告が、現在の働き方の変化・多様化に必ずしも対応できていない部分があるという認識のもと、当該報告を所与のものとせず、見直しを検討課題とすべきである。さらに、当該報告を原則的な判断基準としたうえで、個別の職種について労働者性を判断するにあたってのガイドライン等を必要に応じて示していくことが考えられるとしている。」(報告書P12)を提示しています。
家事使用人に対する労働基準法の適用について
現行法では、労働基準法第116条第2項で家事使用人は適用除外とされているが、労働基準法制定当時(昭和22年)と労働の実態が変化し、適用除外の妥当性が薄れてきていることや、実態として、一般的な労働者と実質的な働き方が変わらない家事使用人が増加していることから、労働基準法による保護の必要性が高まっていると指摘しています。
労働基準法の適用にあたっては、私家庭への適用に伴う(私人に対する)使用者責任や行政監督・規制を及ぼすことのの是非や履行確保の方法が課題となりますが、現在の多様なビジネスモデル(職業紹介、家事代行サービスなど)を考慮し、労働基準法や関連法制の適用について、履行確保を含めた制度設計が急務としています(報告書P13~P14)。
労働基準法における「事業」について
「現時点では、事業場単位適用原則を維持しつつ、企業単位や複数事業場単位で同一の労働条件が 定められるような場合であって、企業単位や複数事業場単位で適切な労使 コミュニケーションが行われるときは、労使の合意により、手続を企業単 位や複数事業場単位で行うことも選択肢になることを明らかにすることが考えられる。」(報告書P17)としています。
なお、テレワークの浸透など場所にとらわれない働き方の広がりや、技術の発展・高度化に伴い、既存の「事業」の概念によって規制の対象を捉えることが困難である又は合理的ではない場合が生じており、法適用に影響する事象が出ていることを指摘しています。
労使コミュニケーションの在り方について
労使コミュニケーションの意義
労働組合の存在を前提として、以下のような意義(機能)を記載しています(報告書P18)。
・労使が団体交渉を通じて、労働条件や労使関係ルールを設定すること。
・法律で定められた規制の原則的な水準について、労使の合意等の一定の手続きの下に、個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて、法所定要件の下で法定基準を調整・代替すること。
・上記の法定基準の調整・代替に係る労使協定の遵守状況のモニタリングや労使間の苦情・紛争処理等を通じた労働条件規範の遵守に関すること。
・労使間の情報共有を通じた労働者による経営参画に関すること。
労使コミュニケーションの問題点
以下のような問題事項が記載されています(報告書P19)。
・労働組合がない事業場(企業)も多く、労使が必ずしも対等な立場でのコミュニケーションが取れていないこと。
・過半数代表者については、選出方法や、労働者集団としての意見を伝える役割・能力等に課題があること。
・過半数代表や労使委員会については、過半数代表や労使委員会 を必要とする条項において個別に規定されているのみで、労働基準法にお いて体系的に規定・整序されていないこと。
労使コミニュケーションの問題点を踏まえた課題事項
働き方の多様化、経済情勢や技術の変化の激しさについていくためには、最低労働基準としての規制の原則的水準を守りつつ、多様な働き方を支える仕組みが必要とし、法律で定められた規制の原則的な水準について、労使の合意等の一定の手続きの下に、個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて、法所定要件の下で法定基準を調整・代替する仕組みが必要として、その基盤として、労働組合の活性化など労使コミニュケーションの促進が重要と記載されています。
さらに、報告書では、「労働組合の役割、過半数代表者の適正選出と基盤強化」及び「労使協定等の複数事業場での一 括手続」等について、詳細に報告事項(報告書P20~P29)が記載されています(本記事では、詳細な内容は、省略させていただきます。)。
労働時間法制の具体的課題
労働時間法制の具体的課題としては、「最長労働時間規制」、「労働からの解放に関する規制」、「割増賃金規制」について記載がされています。
最長労働時間規制について
時間外・休日労働時間の上限規制と企業による労働時間の情報開示
時間外・休日労働時間の上限規制を導入してから5年が経過し、全体の時間外・休日労働は緩やかに減少している。上限規制による労働時間短縮の効果はある程度表れていると考えられるが、上限そのものを変更するための社会的合意を得るためには引き続き上限規制の施行状況やその影響を注視する必要があるとしています(報告書P30)。
また、「労働基準法の強行的な規制による労働時間の短縮のほか、労働市場の調整機能を通じて、個別企業の勤務環境を改善していくことが考えられる。このためには、労働者が就職・転職に当たって、各企業の労働時間の長さや休暇の取りやすさといった情報を十分に得て、就職・転職先を選べることである。」としています。
このため、企業の時間外・休日労働の実態について、正確な情報が開示されていることが望ましいとし、時間外・休日労働を短縮するという観点からも、様々な情報開示の取組みを進めることを厚生労働省に推奨しています(報告書P32)。
テレワーク等の柔軟な働き方
テレワーク は、「一般に、仕事と生活を両立させやすく、柔軟に働くことができる働き方であり、柔軟な働き方の一つの典型として、 労働者の希望に沿ってテレワークを促進すべきとする考え方も生じているところ。」。
一方、テレワークは、事業場で就労する場合のような使用者の直接的な指揮命令が及ばない場合もあり、働き方の自由度が高まる一方で長時間労働の問題も生じ得るなど、テレワーク中の労働時間管理の在り方が問題となる。また、在宅でテレワーク勤務を行う場合には、自宅が職場となると いう特殊性から、就業環境の整備やプライバシーへの配慮、仕事と家庭生活が混在し得ること等についても留意する必要があるなど、各種の問題点があるとしています。
報告書では、テレワークに適用できるより柔軟な労働時間管理について、フレックスタイム制の改善(テレワークと通常勤務日が混在する場合での部分フレックス制の導入)と新たなみなし労働時間制の導入の可否について検討がされています(報告書P34~P37)。
本記事では、詳細な内容は省略させていただきますが、フレックスタイム制の改善を前提に、新たなみなし労働時間制の導入については、実労働時間の管理をする場合の課題やそれに代わる(労働者の)健康管理時間の把握をめぐる課題等を踏まえて、在宅勤務における中抜け時間の状況等の労働時間の実態、企業側の労働時間に管理実態や労働者・使用者のニーズを把握したうえで、改善されたフレックスタイム制下でのテレワークの実情や労使コミニュケーションの実態も把握した上で、継続的な検討が必要としています(報告書P37)。
実労働時間規制が適用されない労働者に対する措置
管理監督者等に関する健康・福祉確保措置について、検討に取り組む必要がある旨の記載があります(報告書P37~P38)。
労働からの解放に関する規制
このパートでは、休憩、休日、勤務間インターバル、つながらない権利、年次有給休暇制度について、それぞれ、現状を踏まえた問題点と改善の是非等について、記載がされています(報告書P38~P49)。
本記事では、これらのうち、改善が示唆された事項について、触れたいと思います。
変形休日制(4週4休制)等の改善
近年、2週間以上 にわたって休日のない連続勤務を行ったことによる心理的負荷が具体的出来事の一つとして評価され、精神障害事案として労災保険の支給決定を行 った事案が生じていること等を踏まえ、「13 日を超える連続勤務をさせてはならない」旨の規定を労働基準法上に設けるべきであるとしています。また、連続勤務の最大日数をなるべく減らしていく措置の検討に取り組むべき観点から、変形休日制(労働基準法第35条第2項)について、「2週2休」とするなどの提案が記載されています(報告書P40)。
法定休日の特定
法定休日は、労働者の健康を確保するための休息で あるとともに、労働者の私的生活を尊重し、そのリズムを保つためのものであり、また、法定休日に関する法律関係が当事者間でも明確に認識され るべきであることから、あらかじめ法定休日を特定すべきことを法律上に規定することに取り組むべきとしています(報告書P41)。
勤務間インターバル
勤務間インターバル制度は、労働時間等設定改善法第2条において、「健康及び福祉を確保するために必要な終業から始業までの時間の設定」として努力義務が課されているのみに留まっているところ。また、導入企業割合は令和5年1月時点で6.0%に
留まっているようです。
報告書ではこのような現状等を踏まえと、勤務間インターバル制度の抜本的な導入促進と義務化を視野に入れつつ、法規制の強化について検討する必要があるとしています(報告書P42)。
つながらない権利
つながらない権利(勤務時間外や休日などの就業時間外に、仕事上の連絡(メールや電話など)への対応を拒否する権利のこと。わが国では法制化されていないので、厳密には「権利」ではありません。)については、社内ルールを労使で検討していくことが必要とし、検討を促進していくためのガイドライン等の策定等の検討が必要としています(報告書P43~P44)。。
割増賃金規制について
時間外労働・休日労働の割増賃金の目的は、①通常の勤務時間とは異な る時間外・休日・深夜労働をした場合の労働者への補償と、②使用者に対して経済的負担を課すことによる、これらの労働の抑制にあると一般的には考えられています。
報告書では、こうした割増賃金の趣旨・目的を基礎に、現在の 経済情勢や働き方の多様化を踏まえ、割増賃金がどのように機能している か、どのような課題があるかについて検討がされています。
なお、当該検討された内容のうち、副業・兼業の場合の割増賃金の支払いについて、現行では、労働基準法第 38 条を受けた通達に基づき、事業主を異にする場合についても労働時間を通算して割増賃金を支払うこととされているところ。
しかし、副業・兼業が使用者の命令ではなく労働者の自発的な選択・判断により行われるものであることからすると、使用者が労働者に時間外労働をさせ ることに伴う労働者への補償や、時間外労働の抑制といった前記の割増賃金の趣旨は、副業・兼業の場合に、労働時間を通算した上で本業先と副業・兼業先の使用者にそれぞれ及ぶというものではないという整理が可能であると考えられるとしています。
また、企業側の事情として、副業・兼業の場合に割増賃金の支払いに係る労働時間の通算が必要であることが、企業が自社の労働者に副業・兼業を許可したり、副業・兼業を希望する他社の労働者を雇用することを困難にしているとも考えられると指摘しています。
報告書では、こうした現状を踏まえ、労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しないよう、制度改正に取り組むことが考えられると提示しています(報告書P48~P49)。
まとめ
今回、研究会から示された報告書の内容を起点として、今後、審議会において数次の検討がされていくかと思われます。なお、私の個人的な視点として注目しているのは、「労働者性の判断」と「テレワーク」です。
昨年の11月に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(いわゆる「フリーランス法」)が施行されました。
労働者ではありませんが、労働基準法等による労働者保護の規定を切り出した法津であるとともに、下請代金支払遅延等防止法(いわゆる「下請法」)・独占禁止法といった経済法のひとつでもあり、労働基準法の労働者に近似する者を保護する典型的なものとなっています。また、フリーランス法上の特定受託事業者は、労災保険の特別加入の対象となっているなど、ますます、労働基準法の労働者とそれ以外の近似するネオ事業者との境界線がなくなりつつあるように思われます。
労働基準法が制定された昭和22年当時、就業者に占める雇用労働者の割合は4割程度だったそうです(国民健康保険加入者の割合・推移とは逆の方向です。)。それから、約78年が経過しています。今やAIやアルゴリズムが労務管理を行うデジタル化等の時代に入っています(最近、スポットワーク(スキマバイト)で、ひとつの企業が複数のアプリを使うと、労働基準法違反に問われかねない事例が出てきたのも、これらの弊害だと思料します。)。
労働者の定義について、現在のデジタル化を踏まえ、再考するとともに、働き方の形態をジョブ型に移行し、労働時間を管理することで労働者性を紐づける基盤(ジョブ型に馴染まない業種もあるので、全業種では無理ですが。)を少しずつでよいので、変えていく必要があるかと思います。
また、テレワークのみなし労働時間制については、複雑なルールにすると運用が困難になるため、可能な限り、シンプルな設計にすることが肝要だと思います。あと、テレワークに馴染む、馴染まない職種があること、家族の構成により取得し易い人、し難い人の差が生じるなど労働環境や家庭環境により、不公平感が生じる可能性があるかと思います。
なので、労働者間の公平性を如何に保つかかが非常に大事な点であるとともに、原点に帰り、なぜテレワークが必要なのか(育児や介護などの事情がある方については、非常に有意な制度と個人的には考えています。)を考えるべきだと思います。
そして、それでもなお全ての労働者に一律に適用を考えるならば、繰り返しになりますが、雇用方法(形態)を徐々にジョブ型に移行していくことだと考えます。賃金の対価を労働時間に紐づけしない雇用形態に変えていくべきだと思います(馴染まない業種もあるため、全業種・産業での浸透は難しいと思いますが)。その上で、この形態で働く人たちの健康確保措置を講じた上で導入の是非を検討すべきかと思料します。
現在、日本の雇用形態の太宗を占めるメンバーシップ型で業務に従事する方々(ある意味、疑いなく労働基準法第9条の労働者に該当する方々)に無理やりテレワークワークをさらに強化したみなし労働時間制について導入するのは、多少、無理があるのかというのが、私の感想です。
前記の労働基準法第9条の「労働者」の定義のとの課題との関連で述べれば、賃金の対価が労働時間に紐づけされた当該労働者と個人事業者の中間層に位置する新たな「ネオ労働者」(対価が労働時間に紐づけされない者)の概念を法制化し(ただし、本人の意思により、労働者とネオ労働者間の異動を可とするもの)、労働者の概念を多段階的に再定義し、個別に規制及び保護していった方がスムーズに行くかと思います。
勿論、ネオ労働者を選択する従業員にもそれなりの覚悟を要するというのが前提に(悪しき平等にならないために)。