前の記事で取り上げた令和7年1月21日開催の労働政策審議会労働条件分科会ですが、議題のひとつでもあった「労働基準関係法制研究会報告書」の報告の前に、「労働政策審議会労働条件分科会運営規程の改正について」が議題1として取り上げられました。
具体的には、タイトルの「労働政策審議会労働条件分科会『組織再編に伴う労働関係の調整に関する部会』(仮称)の設置」に関する内容でした。
事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)
令和6年(2024年)、第213回国会における金融庁関連法律案として、事業性融資の推進等に関する法律案(以下「同法」)が提出され、同年6月7日に成立し、同6月14日に公布されました(令和6年法律第52号)。施行期日は「公布の日から起算して2年6ヶ月を超えない範囲において政令で定める日とされています。
同法は、従来の不動産を目的とする担保権又は個人を保証人とする保証契約等に依存した融資慣行の是正及び会社の事業に必要な資金の調達等の円滑化を図るため、事業性融資の推進に関し、必要な事項を定めた内容となっています。
本記事では詳細な説明は省きますが、同法の特徴は、「有形資産に乏しいスタートアップや、経営者保証により事業承継や思い切った事業展開を躊躇している事業者等の資金調達を円滑化するため、無形資産を含む事業全体を担保する制度(企業価値担保権)を創設する。」(令和6年7月17日、第192回労働政策審議会労働条件分科会資料No2)ことです。
スタートアップ企業のように、担保に出来るような有形資産(不動産や土地など)がなくても、企業の将来性が高ければ(将来のキャッシュフローなど)、成長資金を供給できるようなスキームとなっています。
また、この企業価値担保権を活用する場合、債務者の粉飾等の例外を除き、 経営者保証の利用を制限されます。
これにより、今後、成長性の高い分野の事業の企業の起業や成長性が見込まれる事業の事業承継がスムーズに行われる割合が増加することが期待出来そうです。
企業価値担保権の実行手段と同法の衆参の附帯決議
企業価値担保権における担保権の対象となる財産は、会社の総財産(のれん、労働契約を含む契約上の地位 、事実上の利益等を含む 、設定者の有する全ての財産に及ぶとされています。)とされています。そして、担保権設定については、信託会社が担保権者となります。
設定者(お金を借りた方)が債務不履行になった場合の担保権の実行については、裁判所の管理下のもと、裁判所から選任された管財人が事業を経営しながら、スポンサーを探し、原則、事業譲渡により(例外的に個別財産の換価)対価を得て、融資元の金融機関等への金銭債権に充当する仕組みとなっています。
このように、企業価値担保権の実行手段が原則、事業譲渡となることに鑑み、衆議院財務金融委員会及び参議院財政金融委員会の附帯決議において、「『事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針』については、政府において、専門的な検討の場を設け、新たな企業価値担保権の創設を踏まえて必要な見直し等を行うこと。加えて、合併・事業譲渡をはじめ企業組織の再編に伴う労働者保護に関する諸問題については、その実態把握を行うとともに、速やかに検討を進め、結論を得た後、必要に応じて立法上の措置を講ずること。」とされました。
事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針
組織再編に伴う労使関係に係る法制度
組織再編(会社法上の組織変更、事業譲渡、合併、会社分割等)に伴う労使関係(主には、労働契約の承継等)に係る法制度については、民法第625条、商法、会社法、民事再生法、会社更生法、破産法の各条に規定されているほか、会社分割に際しての労働者保護を目的として「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成12年法律第103号)」(以下、「労働承継法」)が制定されています。
また、いわゆるガイドラインとして、事業譲渡又は合併時の労働者保護のため、前記の「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針すべき事項」(平成28年厚生労働省告示第318号)、また、労働承継法に下位に位置する「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(平成12年労働省告示第127号、最終改正令和3年3月19日)等があります。
今回、附帯決議において、見直しが提起されているのは、上記のうち、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針すべき事項」(以下、「事業譲渡ガイドライン」)です。
事業譲渡における労働契約の承継と労働条件
事業譲渡は、原則として、権利義務の承継の法的性格は特定承継とされており、権利義務は、譲渡会社と譲受会社間の合意に加え、債務の移転については債権者の同意等を必要とする等、法律や個別の契約に定められている譲渡の手続きを経た上で個別に承継されるというのが通説になっています(合併の場合は、全ての権利義務が包括承継されます。)。
以上のことから、労働契約の承継についても、他の権利義務と同様に特定承継と解されています。したがって、労働契約の承継(の範囲)については、譲渡会社と譲受会社間の個別の合意が必要とされるほか、労働者の権利義務の一身専属性を定めた民法第625条第1項の適用があり、譲受会社への承継には、(承継予定)労働者の個別の合意が必要とされています。
実務的には、(承継予定)労働者は、譲渡会社を一度退職し、譲渡会社と新たに雇用契約を結ぶのが一般的なようです(いわゆる「転籍」)。また、転籍に伴い、承継後の具体的な労働条件(労働時間、賃金など)は、譲渡会社での労働条件がそのまま承継されるわけではなく、事業譲渡契約の合意内容、譲受会社と承継される労働者との合意により決定されるのが一般的です。
このように、合併のように包括承継ではないため、譲渡・譲受会社間で、特定の労働者を承継対象に含めたり、承継対象から排除するしたりすることができ、転籍後、労働条件が変わってしまう可能性もあるため、後のトラブル回避のため、承継前に十分な説明と手続きを行う必要が生じてきます。
事業譲渡ガイドライン
前記のような事業譲渡における労働契約の承継等の法的性格等により労働契約の承継・不承継を巡り紛争に発展する事例も生じてきたことから、事業譲渡における労働者及び使用者間の納得性を高め、事業譲渡の円滑な実施及び及び労働者の保護に資するため、事業譲渡ガイドラインが策定されました。
事業譲渡ガイドラインでは、1)労働者等との手続き等に関する事項、2)労働組合等との手続きに関する事項、3)合併に当たって留意すべき事項が定められています。
今後の組織再編に伴う労働関係の調整に関する部会における検討等
組織再編部会の今後の検討予定
厚生労働省の資料によれば、組織再編に伴う労働関係の調整に関する部会」では、今後、事業性融資推進法の成立(企業価値担保権の創設)を踏まえた事業譲渡等指針の必要な見直し等附帯決議に沿った検討を今後実施するとしており、当面のスケジュールとして、令和7年秋をメドに、事業譲渡等指針の見直し(事業譲渡時の労使コミュニケーション等)、令和8年度以降に実態把握を踏まえ、企業組織の再編に伴う労働者保護に関する諸問題(労働契約の承継等)について検討を行うということになっています。
この制度では、新たに、認定事業性融資推進支援機関制度(企業価値担保権の活用等を支援するため、事業性融資について高度な専門的知見を有し、事業者や金融機関等に対して助官・指導を行う機関の認定制度)が導入されることになっているなど新たなスキーム作りの準備はこれからというところです。施行まで約2年となり、これから制度運用の詳細設計が明らかになっていくものと思われます。
今後に期待すること
この企業価値担保制度は、伴走支援(成長、経営改善等)をしながら、債務不履行になった場合の担保権の実行を予定するなど、金融機関融資における入口と出口を整理した内容になっていると思われます。
従来の不動産等を担保とする融資慣行がバルブ経済が破綻した後に日本経済に与えた影響、反省等から、この制度が、事業性評価を勘案した融資制度を牽引する道標になることを期待するとともに、さらに、この制度を利用しなくても、経営者保証なしに融資がされる環境が醸成されていくことが期待されるところです。
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