カスタマーハラスメントの法律上の位置づけと現状
かなり前になりますが、昨年の秋口、NHKの朝番組である「あさイチ」で、いわゆるカスハラについての特集が放映されていました。番組では「カスタマーハラスメント お客様は『神様』?」と題し、顧客からの悪質なクレームや迷惑行為(カスタマーハラスメント)について、その被害の実態や、加害者の心理、対策などが取り上げられてました。
このカスタマーハラスメント(以後「カスハラ」)ですが、セクシャルハラスメントやマタニティハラスメント、パワーハラスメントのように定義が法律で定められていません。
しかし、令和元年6月5日に女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律(令和元年法律第24号)により、労働施策の総合的な推進並び労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年7月2日、法律第132号)の一部が改正され、本改正により職場におけるパワーハラスメ ント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが’事業主の義務となりました。
また、この改正の国会審議において、カスハラに関しても雇用管理上の配慮が求められることを内容とする衆参の附帯決議がされました。
さらに、令和2年1月には、「事業主が’職場における優越的な関係を背景とした言動に起因 する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号、いわゆる「パワハラ指針」)が 策定されました。
顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為(=カスタマー ハラスメント)に関して、事業主は、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配 慮の取組を行うことが’望ましい旨、また、被害を防止するための取組を行うことが’有効である旨が’定められました。
以上のようなことを背景に、令和4年2月に厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成、公開しています。
カスハラとは
先にご紹介した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下、「マニュアル」)では「企業や業界により、顧客等への対応方法•基準が異なることが想定されるため、カスタマーハラスメントを明確に定義することはできません」としつつ、企業へのヒアリング調査等の結果を踏まえ、
「カスハラ」を「顧客等からのクレーム• 言動のうち、当該クレーム• 言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段• 態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段•態様により、労働者の就業環境が害されるもの」(P7)としています。
先にご紹介した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下、「マニュアル」)では「企業や業界により、顧客等への対応方法•基準が’異なることが想定されるため、カスタマーハラスメントを明確に定義することはできません」としつつ、企業へのヒアリング調査等の結果を踏まえ、 「カスハラ」を「顧客等からのクレーム• 言動のうち、当該クレーム• 言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段• 態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段•態様により、労働者の就業環境が害されるもの」(P7)
としています。
このうち、特にポイントとなるのが「当該クレー厶• 言動の要求の内容の妥当性に照らして• • • 社会通念上不相当なもの」という部分です。
これは、「顧客等の要求の内容が’妥当かどうか、当該クレー厶•言動の手段•態様が『社会通念上不相当』であるかどうかを総合的に勘案して判断すべきという趣旨」です。
具体的には、顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段•態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなるとされ、他方、顧客等の要求の内容に妥当性が’ある場合であっても、その実現のための手段•態様の悪質性が’高い場合は、社会通念上不相当とされることがあるということです。
少し、言い回しが難しくなりましたが、同マニュアルにて「カスハラ」に該当するものと想定される具体例が記されていますので、以下にご紹介します。
- 「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」の例
〇企業の提供する商品.サービスに瑕疵、過失が認められない場合
〇要求の内容が企業の提供する商品、サービスの内容とは関係がない場合 - 「要求を実現するための手段•態様が社会通念上不相当な言動」の例
〇要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの
身体的な攻撃(暴行、傷害)、精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)、威圧的な言動、土下座の要
求、継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動、拘束的な行動(不退去、居座リ、監禁)、差別的な言動、性
的な言動、従業員個人への攻撃、要求
〇要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの
商品交換の要求、金銭補償の要求、謝罪の要求(土下座を除く)
「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」の例
〇 企業の提供する商品.サービスに瑕疵、過失が
認められない場合
〇 要求の内容が企業の提供する商品、サービス
の内容とは関係がない場合
「要求を実現するための手段•態様が社会通念上不
相当な言動」の例
〇 要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされ
る可能性が高いもの
(例)身体的な攻撃(暴行、傷害)、精神的な攻撃
(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)、威圧
的な言動、土下座の要求、継続的な(繰り返
される)、執拗な(しつこい)言動、拘束的な行
動(不退去、居座リ、監禁)、差別的な言動、
性的な言動、従業員個人への攻撃、要求
〇 要求内容の妥当性に照らして不相当とされる
場合があるもの
(例)商品交換の要求、金銭補償の要求、謝罪
の要求(土下座を除く)
カスハラ対策が必要な理由
もとより、顧客等からのクレー厶•苦情は、商品・サービスや接客態度・システム等に対して不平・不満を訴えるもので、それ自体が’問題とはいえず、商品等の購入の対価の支払いを前提とした尤もな内容であったり、内容如何により業務改善や新たな商品・サービス開発に繋がるという「正」の部分もあると思います。
一方、クレー厶や苦情の中には、過剰な要求を行ったリ、商品やサービスに不当な言いがかりをつけるものもあります。
不当・悪質なクレームは、従業員に過度に精神的ストレスを感じさせるとともに、通常の業務に支障が’出るケースも見られるなど、企業や組織に金銭、時間、精神的な苦痛等、多大な損失を招くことが想定されるなど「負」の部分もあります。
特に、最近ではSNSの発展で、お店の従業員に土下座させている動画を公衆にアップするような人権問題にかかわるようなことも起きたこともご記憶にあるかと思います。
したがって、従業員の人権を守るため、また、人的資本経営の観点から人材価値が企業発展に寄与するという側面からも、企業は、不当•悪質なクレー厶から従業員を守る対応が求められるのだと思います。
カスハラ対策と肝
今回は、精神障害の認定の内容がメインなので、概要に留まりますが、カスハラ対策として企業が行うことが出来る施策は、次のことが考えられます。
1 就業規則の見直し
2 就業規則に根拠規定を置いたその企業独自のカスハラ対策マニュアル
(1)カスハラ行為とみなす判断基準の明確化(自社の従業員が加害者になることも想定)
(2)カスハラを受けたお店、施設等からの退出勧告基準とその対応の仕方、出入り禁止勧告の基
準とその対応の仕方
(3)警察への通報基準
3 上記1及び2の従業員への周知(研修)
4 カスハラポスター等により顧客等へのカスハラ防止協力のメッセージを送るなど(抑止力)
5 正当なクレーム・苦情への対処のマニュアル作成
今回は、精神障害の認定の内容がメインなので、概要に留まりますが、カスハラ対策として企業が行うことが出来る施策は、次のことが考えられます。
1 就業規則の見直し
2 就業規則に根拠規定を置いたその企
業独自のカスハラ対策マニュアル
(1)カスハラ行為とみなす判断基準の
明確化(自社の従業員が加害者にな
ることも想定)
(2)カスハラを受けたお店、施設等か
らの退出勧告基準とその対応の仕方、
出入り禁止勧告の基準とその対応の
仕方
(3)警察への通報基準
3 上記1及び2の従業員への周知(研
修)
4 カスハラポスター等により顧客等へ
のカスハラ防止協力のメッセージを送
るなど(抑止力)
5 正当なクレーム・苦情への対処の
マニュアル作成
カスハラ対策の最大のポイントは、その他のハラスメントと同様、トップ、すなわち経営者次第ということだと思います。
カスハラ対策の実行により企業は、ⅰ)対象消費者との紛争リスク、ⅱ)対象法人顧客との取引停止リスクを負うことになりますが、経営者として従業員を守るという観点から”揉め事を辞さない”という強い意志、腹決めこそがカスハラ対策の肝だと考えます。
少し、浪花節的な表現になりますが、就業規則やマニュアルも大事ですが、それ以前にそのような経営者の強い姿勢、心意気こそが、万が一、従業員がカスハラに遭遇しても一方的に精神的な傷を負わない、悪質な顧客等に負けない心の支えになるだと思います。
カスハラ以外にも、従業員が自店での悪ふざけ行為をSNSで拡散したりと倫理的な問題の発生が日常茶飯事的な様相にはなっていますが、そのような時の世間の反応(大体がSNS上での反応内容ですが)は、まだまだ捨てたものではなく、理不尽なクレームや苦情についても同様で、一部の顧客を失っても、断固とたる対応が必要と思います。
米国では、「顧客の生涯価値(LTV)」を重視した経営が根付いているそうです。LTVとは1人のお客が一生のうち、その企業に支払う商品購入代金の総和を意味する指標でそうです。
無論、正当なクレームや苦情(商品の返品や返金対応も含む)にきちんと対応しなければ、お客は離れていくことになりますが、それが出来ている前提で、一部のクレーマーが離れていっても、よいサービス等を提供していけば、良質なお客は離れないと思います。
精神障害の労災認定基準の改正(令和5年9月1日)
精神障害が労災認定基準に盛り込まれるまでの経緯
仕事によるストレス(業務による心理的負荷)による労災請求については、平成23年12月26日付基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下、「認定基準」)という厚生労働省からの通達(令和2年5月及び8月に一部改正)に基づき、業務上外の認定(労災認定)が行われてきました。
厚生労働省では、精神障害の労災保険給付請求件数が年々増加傾向にあることを踏まえ、令和3年12月から令和5年6月まで全14回にわたって「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」を開催して認定基準の見直しの検討を行い、その結果、令和5年7月4日「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」が取りまとめられて公表されました。
厚生労働省では、この報告書の内容を踏まえた認定基準の改正を行い、令和5年9月1日付基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」で厚生労働省基準局長から、都道府県労働局長あて通達が行われたところです(認定基準の改正)。
精神障害が労災認定される要件(業務による心理的負荷表の具体的出来事の有無など)
この認定基準の改正のポイント(厚生労働省HP「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」)は、カスハラ以外にも重要なポイントがありますが、今回はテーマがカスハラなので、カスハラに関してのみ記述させていただきます。
詳細な説明は省きますが、精神障害の労災認定は、ⅰ)認定基準の対象となる精神障害の発病、ⅱ)その認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6ケ月の間に業務による強い心理的負荷が認めれること、ⅲ)その精神障害が業務以外の心理的負荷や個体的要因により発病したものではないことという要件(条件)を満たしたときに認定されるというのが基本的な考え方です。
このうち、労災認定されるための大きなポイントは、「業務による強い心理的負荷が認められるか」であると考えています(筆者の見解)。
具体的には、判断基準(「業務による心理的負荷表」)として列挙され想定される「強度」の心理的負荷となり得る「出来事」があったと認められるかどうかにより負荷があったかどうかが判断されます。
この「業務による心理的負荷表」(以下、「負荷表」)というのは、もの凄くかみ砕いて説明すると、業務上の精神的負荷要因(具体的出来事)の類型表みたいななものであって、事実関係(=「実際に発生した業務による出来事」、以下同じ。)をその類型に当てはめ、その負荷の強度(「強」「中」「弱」)を測る(=評価する)物差しとも言えます。
労災が認められるには、この「負荷表」に示される「具体的出来事」に事実関係を当てはめ、「強」と判断されるかどうかが基本的な考え方となっています。
今回の改正ではこの「負荷表」中、「特別な出来事以外」の類型表に示される「具体的出来事」にカスハラが追加されました(「特別な出来事」と「特別な出来事以外」の説明は、省略します。)。
今回、業務による心理的負荷表に追加された項目内容
改正後の「負荷表」(特別な出来事以外)の出来事の類型は全部で29項目あります。今回は項目27として「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(カスハラ)が新たに追加されました(平均的な心理的負荷の強度は、ⅠからⅢのうち、「Ⅱ」)。
この項目27が追加される前も、項目11「顧客や取引先から無理な注文を受けた」、項目12「顧客や取引先からクレームを受けた」(これらは、今回の改正により項目9「顧客や取引先から対応が困難な注文や要求等を受けた」に統合されました。)という具体的出来事が「負荷表」にありましたが、これらと今回追加された項目27との区別は、「負荷表」の記載内容から次のとおり区別出来ると思います。
・要求等を受ける側とする方との側の関係が「契約に付帯して商慣習上あり得る要求や、納品物の不適合の指摘等のいわゆるを商慣習上のものか、該当する場合⇒項目9で評価
・顧客等の行為が著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)に該当するか否か、該当する場合⇒項目27で評価
いうなれば、項目9が力関係で強い取引先担当者の横暴、項目27が最近私たちがテレビ等で見聞きするお店や施設へのお客さんからの酷いクレームということでしょうか。
前者が広義のカスハラ、後者が狭義のカスハラ(筆者の独自の表現です。学術的に正しいかはわかりません。)ということでしょうか。
心理的負荷が「強」となる「出来事」の具体例
前記において、業務による強い心理的負荷が認められるか」は、「負荷表」に列挙され想定される「強度」の心理的負荷となり得る「出来事」があったと認められるかどうかにより判断と記しましたが「負荷表」にカスハラ(項目27)において心理的負荷が「強」と判断される具体例の記載がありますので、ご紹介しておきます。前半でご紹介した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」の具体例と併せてご覧ください。
・ 顧客等から、治療を要する程度の暴行等を受けた
・ 顧客等から、暴行等を反復・継続するなどして執拗に受けた
・ 顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた
・ 顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著
しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた
・ 心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社が迷
惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった
前記において、業務による強い心理的負荷が認められるか」は、「負荷表」に列挙され想定される「強度」の心理的負荷となり得る「出来事」があったと認められるかどうかにより判断と記しましたが「負荷表」にカスハラ(項目27)において心理的負荷が「強」と判断される具体例の記載がありますので、ご紹介しておきます。前半でご紹介した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」の具体例と併せてご覧ください。
・ 顧客等から、治療を要する程度の暴行等を
受けた
・ 顧客等から、暴行等を反復・継続するなど
して執拗に受けた
・ 顧客等から、人格や人間性を否定するよう
な言動を反復・継続するなどして執拗に受
けた
・ 顧客等から、威圧的な言動などその態様や
手段が社会通念に照らして許容される範囲
を超える著しい迷惑行為を、反復・継続す
るなどして執拗に受けた
・ 心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為
を受けた場合であって、会社に相談しても又
は会社が迷惑行為を把握していても適切な
対応がなく、改善がなされなかった
今回の改正を踏まえ、使用者側が留意すること(労災民訴との関係)

近年、労働者がうつ病等の精神疾患を発症するケースが増加し、使用者側が責任を問われるケースの事案を新聞やニュース等でよく見聞きします。
精神疾患の原因が過重労働やハラスメント等によるストレスが原因である場の合には、使用者の安全配慮義務(労働契約法第5条)違反となり得る可能性もあり、この場合、労災保険給付を超える損害について、民法上の損害賠償責任(安全配慮義務に対する債務不履行)を負う可能性があります(いわゆる、労災民訴)。
最近では、労災認定の際に使用者側から提出された資料につき、情報開示請求がなされ、労災民訴の証拠として利用されることもあるようです(ただし、必ずしも労災認定の結果に裁判所が拘束されることではありませんが)。
使用者としては、従業員に対するカスハラを放置した場合、以上のような紛争の種になり得ることも、一応、念頭に置いておいた方がよいかもしれません。