事業承継型M&Aにおける売り手側の法務アドバイザー採用の必要性ついて

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後継者不在の問題と国の施策

後継者不在の問題

 (株)帝国データバンクが昨年11月21日に公表した「特別企画:全国『後継者不在率』動向調査(2023 年)」によれば「全国の後継者不在率は、53.9%となり、2022年から3.3pt低下しました。
 
 6年連続で前年の水準を下回ったほか、コロナ前の2019年からも11.3pt 低下するなど、大幅な改善傾向が続いた。また、調査を開始した2011年以降、不在率は過去最低を更新した。」とされています。

 一方、「2023年の全国・全業種約27万社における後継者動向について調査した結果、後継者が『いない』、または『未定』とした企業は14.6万社に上った。」(同動向調査)とされており、調査対象の中小企業のうち、約半数が後継者不在の状況にあるのが、現状です。
 
 中小企業庁が集計、令和5年12月13日に公表した中小企業・小規模事業者の数によると、2021年6月時点での事業者数は、336万者となり、全産業の99.7%、日本の従業者の約7割が中小企業で雇用されている計算とされているところ(「令和3年経済センサス-活動調査」(令和5年6月27日、総務省・経済産業省公表、独立行政法人 中小企業基盤整備機構「日本を支える中小企業」より。)。
 
 このため、後継者不在による倒産、休廃業は、従業員の雇用の喪失、サプライチェーンに支障が生じるなど日本経済の大きな損失となると数年前から警鐘されて来ています。
 
 なお、直近の状況としては、(株)東京商工リサーチが2024年4月26日に公表した記事によると、2023年度(4月-3月)の「後継者難」倒産(負債1,000万円以上)は、456件(前年度比10.6%増)となり、同社が調査を開始した2013年度以降最多件数を記録、また、2017年度(249件)を底に6年連続で前年度を上回ったことを報じており、数値的にも「後継者難」倒産の件数が増加傾向にあることが示されています。
 
 さらに、直近の中小企業を取り巻く環境が厳しく、特に、目先、「人手不足」「物価高」の影響による事業の立て直しや対応に追われ、わかっていても「後継者不在対応」にまで、物理的、精神的に手が回らない状況にあることも推察されます。

国の施策

 前記のような問題を背景に、国(中小企業庁、経済産業省)は、中小企業における「後継者難」を解決する手段として、後継者不在の中小企業の事業をM&Aにより社外の第三者が引き継ぐいわゆる親族外承継を推進するため、「事業引継ぎガイドライン」(平成27年(2015年)3月)を策定しました。

 また、さらにM&Aによる事業承継を推し進めるために、前記「事業引継ぎガイドライン」を全面改訂し、「中小M&Aガイドラインー第三者への円滑な事業引継ぎに向けてー」(令和2年(2020年)3月、中小企業庁、以下「中小M&Aガイドライン」という。)を、令和3年(2021年)4月に「中小M&A推進計画」が策定され、同計画に基づき、「M&A支援機関登録制度」が創設されました。

M&A事業者業界の現状と問題

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M&A仲介事業者の功績と事業者数の増加

 中小M&Aガイドライン策定後、M&Aが中小企業における事業承継の手法の一つであることが認知され、事業承継型M&Aの件数も増加してきているようです。

 そして、この事業承継型M&Aを含む中小企業のM&A(スモールM&A)を実現させるため、マッチング支援やM&Aの手続進行に関する総合的な支援を専門に行うプレーヤー、M&A専門事業者が、主にM&A仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)だと言われています。
 
 中々、大手の金融機関や監査法人系コンサルタントでは扱ってもらえないスモールM&Aの実現にあたっては、これら「M&A専門事業者がマッチング支援・交渉等について、支援を行うことで、これまでに数多くの中小M&Aが成立したと言え、M&A専門業者は、近年の中小M%A市場の成長に相当程度の貢献を果たしてきた」(中小M&Aガイドライン(第2版)P62の文中から引用)とされていますし、私もそう思います。
 
 また、これに伴い、M&A事業者も2018年から2023年までの間に約5倍増え、約3000社となっており(数値は、週刊東洋経済、2024.5.25号から引用)、インターネット上の広告に加え、最近では、テレビでも、M&A仲介会社のCMを目にする機会が増え、この業界が急速に発展して来ている様子が窺えます。

M&A仲介事業者増加に伴う弊害

今後の課題

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問題の所在⇒買い手側の信用リスクの問題の顕在化

 中小企業のM&A関連の実務書等を読むと、中小企業におけるM&Aの一般的類型である株式譲渡契約にあたり、売主側の信用リスクを念頭においた対応、方策に関する内容が大勢を占めています。
 
 例えば、表明保証、デューデリジェンスと特別保証条項の検討、売主に対する補償請求権の保全の問題など。
 
 しかし、最近では、前節の最終行で触れた買い手側の問題、事業承継型M&Aのクロージング後の経営者保証の取扱いなど買い手側の信用リスクの問題も顕在化して来ているようです。また、M&A専門業者側の構造的な利益相反リスクがあることも、かねてから指摘されています。
 
 なお、前記の中小M&Aガイドラインの改訂は、これらの問題のうち一部を考慮した改訂内容にもなっています。

情報の非対称性の問題を如何に埋めるか、法務アドバイザー等の必要性

 この辺りについては、買い手側の信用リスクの問題である一方、売り手側である中小企業の経営者の方にも課題があるかと思います。
 
 それは「取り扱う業務の専門性、M&A専門業者と依頼者(中小企業の経営者)との間にはM&Aに関する知識や情報及び具体的な相手方候補先の情報等がM&A専門業者に偏在している関係にあり、依頼者(中小企業の経営者)がM&A専門業者の業務の妥当性を評価しモニタリングすることが困難であること(情報の非対称性の問題)」(中小M&Aガイドライン(第2版)P62、()書き及び赤字太字は、筆者が追記)から、クロージング後のリスクを出来る限り回避、軽減するには、売り手側の中小企業の経営者の方のM&Aに関する知識不足を如何に補充するかが課題になるのではないでしょうか。
 
 通常、中小企業の経営者の方々は、税理士の先生方とはお付き合いがあるかと思いますが、弁護士の先生との付き合いは、そうないかもしれません。

 また、税理士の先生方とはいえ、必ずしも、M&A取引に知見があるとは言えず、そのような観点から、事業承継M&Aにおいては、M&A取引に知見がある弁護士を法務アドバイザーとして(柴田堅太郎著『中小企業買収の法務(第1版)』(中央経済社、2020年)129頁)、又は、売り手側の取引条件を最大限有利に導くFAを法務アドバイザー等として登用することが望ましいのではと考えています。
 
 特に、経営者保証の取扱いについては、「経営者保証に関するガイドライン」(平成25年(2013年)12月)「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」(令和元年12月)が策定されているところ(本記事では、詳細な説明は省略させていただきます。)。
 
 売り手側及び買い手側は、この経営者保証ガイドライン等に沿い、取引金融機関に経営者保証解除について交渉を重ねていくことになりますが、法的拘束力がないため、取引金融機関は解除を検討する努力義務を負っているに留まっています。また、株式譲渡契約では、クロージング後における誓約事項として、買い手側に経営者保証解除に協力すること、取引金融機関から履行請求があった場合の対応などについて、盛り込むなどを検討する必要があります。
 
 いずれにしても、ディールの最初から買い手側との各種交渉や経営者保証解除にあたってはクロージング後の買い手側への協力要請、金融機関との交渉、失敗に終わった場合の法的対応(備え)も含め、法的な知見をバックボーンとした関係者との複雑、かつ、高度な交渉等が必要なため、リスク対応として、法務アドバイザーを登用する意義は十分にあるかと考えます。
 
 なお、令和6年5月31日に、中小企業庁内に設置されている「中小 M&A ガイドライン見直し検討小委員会」の第3回目が開催されており、「中小M&Aガイドライン(第3版)改訂の方向性について」について、検討がされています。

 この見直し案では、前記の一部新聞報道にて取り上げられた問題についての対処案も盛り込まれています。

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この記事を書いた人

勤務特定社労士。左記国家資格以外に、BSA(事業承継アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、TAA(事業再生アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、事業承継・M&Aエキスパート(一般財団法人金融財政事情研究会)の認定資格を取得。現在は、上記いずれの資格とは、直接には関係のない公的年金関係の団体に従事する勤め人です。保有資格に関連する実務経験はありませんが、折角、保有している資格を活かしたく、個別労働関係紛争に関する事項、労働法務デューデリジェンス、中小企業の事業再生や事業承継M&A、経営者保証問題について、中小企業庁が公表している各種ガイドライン、M&A関連書籍等及びセミナー等を通じて、自己研鑽・研究しています。現在(令和6年)、58歳。役職定年間近の初老の職業人です。

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