国内メガバンク系の銀行の元行員が長期の自宅待機を命じられ、懲戒解雇されたことは不当だとして、同行に慰謝料などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は本年4月24日に、約4年に及んだ自宅待機は、「限度を超え違法」とし、300万円の慰謝料の支払いを命じました。
なお、解雇を争った地位確認請求については、解雇には理由があるとし、認められませんでした。
自宅待機命令は懲戒処分ではなく業務命令の一種
自宅待機命令は、主には、①背任・横領事件、セクハラ・パワハラなどの非違行為の調査を前提措置として、証拠隠滅等を防ぐため非違行為者である従業員を職場から排除しておく必要がある場合や懲戒処分のための事実調査のために行われる場合、②業務への支障の排除のため等に行われる場合の2通りがあります。
この自宅待機命令と同様の態様で、出勤停止命令又は懲戒休職などがありますが、こちらはいわゆる懲戒処分に相当するため、就業規則の根拠・手続き(従業員への周知等)が必要です。一方、自宅待機命令は、賃金の支払いがあること、従業員の処分を決定するまでの間の暫定的な措置であることから、就業規則の根拠・手続きを要することなく、使用者の業務命令の一つとして、自宅待機命令を発することが出来るとされています。
自宅待機命令が否定される場合
自宅待機命令が否定される場合
自宅待機命令は前述のとおり業務命令の一つとして、使用者側の裁量により発することが出来ますが、一定事由(以下の場合)により否定される場合があり得る可能性があります。
①従業員(労働者)の労務の性質上、就労することについて特段の利益があるなどの場合
従業員(労働者)には、労働契約等に特別の定めがある場合や労務(業務)の性質上従業員(労働者)が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて就労請求権が認められないとされているのが判例・通説となっています。
しかし、「就労することについて特段の利益(権利性)」等がある場合においては、就労請求権が認められるため、自宅待機命令が違法とされる可能性があります(大学教員の教授会の出席、学生への講義について権利性を認めた判例として「栴檀学園事件(仙台地判平成9年7月15日)」があります。)。
②自宅待機命令の業務上の必要性や合理的な理由を欠いたり、不当に長期にわたる場合、不当な動機・目的をもって発せられる場合
この場合は、使用者の裁量を逸脱濫用とされ、違法となる可能性があります。
自宅待機命令が肯定又は否定された裁判例
肯定された裁判例
〇ネッスル事件(東京高判平成2年11月28日労働関係民事裁判例集41巻6号980頁等)
従業員が、取引先の独身女性と不倫関係になり、これを非難するハガキが取引先に出回るなどの事態に至ったことを理由として2年間にわたる自宅待機命令が有効とされた例。前述の「②業務への支障の排除のため等に行われる場合」に該当。
否定された裁判例
〇全日本海員組合員事件(東京高判平成24年1月25日労働経済判例速報2135号3頁)
解雇の無効を確認した確定判決に反して自宅待機とされた海員組合員が組合と役員を訴えた事案で、人事上執行部員に戻しながら、自宅待機命令は継続されていることについて、当該組合員を職務に復帰させ就労させるための努力を払ったとは認められない等の事情から、2度の自宅待機命令には業務上の必要性や合理性が認められず、既に自宅待機が長期にわたり多大な不利益を被っていることから、2度の自宅待機命令はいずれも業務命令権の濫用であって無効なもの、と認定されました。
〇ノース・ウエスト航空事件(千葉地判平成5年9月24日労働判例638号32頁)
勤務時間中に飲酒をした航空会社の整備士を、約7ヶ月間自宅待機させ退職を求め続けた上で懲戒解雇処分にしたという事案で、自宅待機命令が飲酒の嫌疑についての調査をするためでなく、当該従業員を辞めさせるための目的で7ケ月にわたる自宅待機命令をしたことは、裁量権の範囲を超えて違法・無効なもの、と認定されました。
※冒頭のメガバンク系銀行における事案も、従業員が復帰の意思を示した時点から復帰先の調整をすべきだったのに同行が自宅待機を継続、「退職以外の選択肢を与えない状況を続け、社会通念上許容される限度を超えた退職勧奨」として不法行為の成立が認定されました。
自宅待機命令期間における賃金支払い義務
自宅待機命令は一種の業務命令であることから、使用者側の業務上の都合によるものと解されます。よって、使用者は自宅待機命令の間、当該待機者への賃金の支払義務を当然に免れるものではないとされています(民法第536条2項の債権者の責めに帰す事由の場合、反対給付の履行を免れられないと同様の趣旨)。
賃金を支払わないで自宅待機命令を命じるには、「当該労働者を就労させると不正行為の再発や証拠隠滅のおそれがあるなど緊急かつ合理的な理由があること、自宅謹慎や自宅待機を実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在することを要する」(日通名古屋製鉄作業事件名古屋地判平成3年7月22日労働判例608号59頁)とされています(同様の趣旨で、JTB事件(東京地判令和3年4月13日労働経済判例速報2457号14頁)があります。)。
自宅待機命令に係る労務デューデリジェンス

以上までを踏まえた自宅待機命令における労務DDの留意点は、以下のとおりになると思われます。
1 発生可能性のある潜在債務
①自宅待機命令が違法となる場合は、不法行為を構成する場合が有り得る(偶発債務)。
②賃金支払義務を免れる要件をクリアしていない場合は、未払い賃金(利息を含む。)の発生可能性が有り得る(簿外債務)。
③従業員(労働者)側に「就労することについて特段の利益があるなどの場合」(就労請求権が認められる場合)は、精神的慰謝料(不法行為を構成)が発生する可能性が有り得る(偶発債務)。
2 調査すべき事項
懲戒処分に関連して自宅待機命令が行われていた場合は、①自宅待機の間の賃金支払いの有無②賃金を支払っていない場合の要件をクリアする要件事実③自宅待機命令の態様(不当な動機・目的などの有無等)④自宅待機期間が事案や理由からして相当かなどを調査する必要があると思われます。
なお、賃金支払い義務が免れる場合においても、休業手当(労働基準法26条)の支払い義務が生じ得ることも留意しておく必要があるかと思います。