最低賃金引上げ(賃上げ)をめぐる課題

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令和6年最低地域別最低賃金の答申結果

 厚生労働省は、令和6年8月29日に、都道府県労働局に設置されている地方最低賃金審議会が答申した令和6年度の地域別最低賃金の改定額(以下「改定額」)を取りまとめました。これによると、概要は、以下のとおりとなっています(厚生労働省ホーム「全ての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされました(令和6年8月29日)」より)。
・47都道府県で、50円~84円の引上げ(引上げ額が84円は1県、59円は2県、58円は1県、57円は1県、56円は3県、55円は7県、54円は3県、53円は1県、52円は2県、51円は6県、50円は20都道府県)
・改定額の全国加重平均額は1,055円(昨年度1,004円)
・全国加重平均額51円の引上げは、昭和53年度に目安制度が始まって以降で最高額
 これらを受け、令和6年11月1日(発行予定年月日の最後尾)までに、全ての都道府県において、改定後の地域別最低賃金が適用されることになっています(厚生労働省のホームページ記載によれば、「答申公示後の異議の申出の状況等により変更となる可能性有」とされています。)。

(参考)
・「令和6年度 地域別最低賃金 答申状況」(厚生労働省ホーム「全ての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされました(令和6年8月29日)」

そもそも最低賃金法とは、地域別最低賃金とは。

最低賃金制

最低賃金制

 最低賃金制とは、一般に国が法的強制力をもって賃金の最低額を定め、使用者は、その金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度をいい、最低賃金法(昭和34年法律第137号)(以下、「最賃法」)は、最低賃金の確保・決定等について、定めているものです。制定の背景となったのは、太平洋戦争戦後の高度経済成長期において、労働力不足が深刻化し、労働者の待遇改善が求められていたことなどがあります。
 この法律は、強行法規(法律に反する定めは契約書や就業規則などであっても無効となり、法律の定めに従わなければならないというもの)なので、たとえ、労使合意のもと、最低賃金を下回る賃金を支払った場合でも、その合意部分(契約)は無効になり、最低賃金によることとされます。

地域別最低賃金及び特定最低賃金並びに最低賃金適用除外者

 最低賃金には、産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働く全ての労働者とその使用者に適用される「地域別最低賃金」と特定地域内の特定の産業で働く労働者とその使用者に適用される「特定(産業別)最低賃金」の2種類があります。

この 「地域別最低賃金」は、正規雇用の労働者だけではなく、いわゆるパートやアルバイト、臨職、嘱託社員などの雇用形態や名称、属人的要素(国籍、年齢、性別等)関係なく適用されます。一方、「特定(産業別)賃金」は、「関係労使の申出に基づき最低賃金審議会の調査審議を経て、同審議会が地域別最低賃金よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認めた産業」について設定されています。
 

 また、使用者が都道府県労働局長の許可を受けることを条件に、次の労働者について、最低賃金の適用除外(労働能力等を考慮して定められた一定率を減額した賃金を最低賃金とすること)が認められています。
1 精神または身体の障害により著しく労働能力の低い者
2 試の試用期間中の者
3 認定職業訓練のうち職業に必要な基礎的な技能・知識を習得させることを内容とするものを受ける者のうち、厚
 生労働省令で定める者
4 軽易な業務に従事する者又は断続的な業務に従事する者
 なお、都道府県労働局長の許可を得ないで、最適賃金以下を支払っていた場合は、最賃法4条違反となります。

 また、使用者が都道府県労働局長の許可を受けることを条件に、次の労働者について、最低賃金の適用除外(労働能力等を考慮して定められた一定率を減額した賃金を最低賃金とすること)が認められています。
精神または身体の障害により著しく労働能力の低い者
②試の試用期間中の者
③認定職業訓練のうち職業に必要な基礎的な技能・知識

を習得させることを内容とするものを受ける者のう
厚生労働省令で定める者
④軽易な業務に従事する者又は断続的な業務に従事する


 
なお、都道府県労働局長の許可を得ないで、最適賃金以下を支払っていた場合は、最賃法4条違反となります。

労務デューデリジェンス(労務DD)の観点から観た留意点等

労務デューデリジェンス(労務DD)の観点から観た留意点

 上記のように、最低賃金を下回る賃金を支払った場合は、最低賃金によることとなるため(最賃法4条1項、2項)、この部分につき、未払賃金(簿外債務)(注)が発生している可能性があります。
 さらに、最低賃金法第40条の規定により、罰則(50万円以下の罰金)の適用があります(地域別最低賃金及び船員に関する特定最低賃金に限る)。この罰則は、この罰金は、いわゆる「両罰規定」といい、最低賃金法違反の行為をした者のみならず、その者を雇っている事業主(法人・自然人問わず。)にも科されることがあります(最賃法42条)。
 また、特定最低賃金に違反した場合は、労働基準法第24条違反(賃金全額支払原則違反)として30万円の罰金が科せられる可能性もあり(労働基準法120条1号、こちらも同法121条により両罰規定の適用の可能性があります。)、こちらは、広い意味で捉えて偶発債務ということになるでしょうか。
 これら偶発債務は簿外債務と合わせ潜在債務として、事業承継、M&Aにおける買収価格の調整や損失として発生する可能性があり、留意が必要です。
 特に、未払賃金の消滅時効に関しては、注意が必要です。令和2年の改正民法施行に伴う労働基準法改正により、賃金の消滅時効期間が原則5年、当分の間は経過措置として3年に改正されました。現在は、令和6年ですので、施行から3年経過しており、令和5年度以降に発生する未払賃金については、丸々3年分の支払いが発生する可能性(将来的には、5年分)があり、未払賃金支払いのコストインパクトが大きくなることについて、認識しておく(留意の)必要があるかと思います。
(注)労働者側より未払賃金(最低賃金と実支払額との差額)の請求が起こされるまでは、「偶発債務」とも言えますが、最低賃金法の強行法規性を考慮し、本記事では「簿外債務」と表記しています。いずれにしても、潜在債務(簿外債務+偶発債務)として、リスク要因であることに変わりはありません。

労務DDの手順

 労務DDでは「実際の支給額が最低賃金額を上回っているかの確認」(「M&Aにおける労働法務DDのポイント(第2版〕」(東京弁護士会労働法制特別委員会 企業集団/再編と労働法部会【編著】、商事法務)、以下本記事において、「DDポイント」 P185~P186)が調査事項となります。具体的手順は、以下のとおりとなります。

1 最低賃金制の対象となる賃金、ならない賃金の確認
 最低賃金制の対象となる賃金は、通常の労働時間または労働日に対して支払われる賃金です(DDポイントP186)。
 この通常の労働時間等について支払われる賃金自体の確認は特段、問題がないと思われるので、労働DD上のポイントは、最低賃金制から除外される以下の賃金の有無の確認が主になると思われます(最賃法4条3項、最賃法施行規則1条)。

①臨時に支払われる賃金
②1ケ月を超える期間ごとに支払われる賃金
③時間外労働手当、休日労働手当、深夜労働手当
④精皆勤手当、通勤手当、家族手当
 ※何が、当該賃金及び手当に該当するかは、厚生労働省等の通達等による確認が必要です。 

2 最低賃金との比較確認方法
 最低賃金の単位は、1時間単位の金額であるため(最賃法3条)、最低賃金と実際の支給額との比較は、実際の支給額を時間換算することにより比較することとされ、最低賃金法施行規則(昭和34年労働省令第16号)第2条により具体的な方法が定められています(最賃法施行規則2条1項1号~5号)。
①時間給制の場合
 時間給と最低賃金を比較
②日給制の場合
 (日給÷1日の所定労働時間)と最低賃金を比較
③月給制の場合
 (月給÷1ケ月平均所定労働時間)と最低賃金を比較
④出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合
 (総賃金÷総労働時間)と最低賃金を比較
⑤上記①から④が混在する場合
 (上記①から④で算出した金額の総額)と最低賃金を比較

2 最低賃金との比較確認方法
 最低賃金の単位は、1時間単位の金額であるため(最賃法3条)、最低賃金と実際の支給額との比較は、実際の支給額を時間換算することにより比較することとされ、最低賃金法施行規則(昭和34年労働省令第16号)第2条により具体的な方法が定められています(最賃法施行規則2条1項1号~5号)。
①時間給制の場合
 時間給と最低賃金を比較
②日給制の場合
 (日給÷1日の所定労働時間)と最低賃金を比較
③月給制の場合
 (月給÷1ケ月平均所定労働時間)と最低賃金を比較
④出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合
 (総賃金÷総労働時間)と最低賃金を比較
⑤上記①から④が混在する場合
 (上記①から④で算出した金額の総額)と最低賃金を比較

3 最低賃金との比較のため等に入手すべき資料
 就業規則、賃金規程、雇用契約書(労働条件通知書)、賃金台帳(給与明細)、出退勤を客観的に証明する資料(タイムカード、ICカードなどのデータ等)   

賃上げ・最低賃金引上げと中小企業における現状と課題

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令和6年春闘賃上げと防衛的賃上げ

 厚生労働省のPress Release(令和6年8月2日)「令和6年 民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況を公表します」によると、「賃上げ額(17,415 円)、賃上げ率(5.33%)はいずれも昨年を大きく上回った」とされています。また、連合(日本労働組合総連合会)のPress Release(令和6年7月3日)「~2024 春季生活闘争 第 7 回(最終)回答集計結果について~」においても「平均賃金方式で回答を引き出した 5,284 組合の『定昇相当込み賃上げ計』は加重平均で 15,281 円・5.10%」とされ、賃上げ率が「33 年ぶりの 5%超え」たことを公表しています。

 一方、日本商工会議所が令和6年9月30日に公表した「商工会議所LOBO(早期景気観測)」9月調査結果によると、「2024年度に所定内賃金の引き上げを実施した企業(予定含む)は67.6%で、(中略)うち「業績改善しているため実施」は36.5%、「業績改善が見られないが実施(防衛的な賃上げ)」は63.5%」とされています。また、同会議所がは6月5日に公表した「中小企業の賃金改定に関する調査結果」についても、ほぼ、同じ割合で「防衛的賃上げ」を実施するとした回答した企業があることが判明したことを公表しています。
 同調査結果によると、防衛的賃上げをせざるを得なかった要因として、人手不足(「従業金の定着」や「従業員のモチベーション向上」)の問題があるようです。

最低賃金引上げ(加重平均額の過去最高引上げ)とその事情

 厚生労働省の中央最低賃金審議会が令和6年7月25日に示した引上額の目安は、A、B、Cの各ランク(注)ともに一律50円に引き上げました。この50円を出発点に、各都道府県の地方最低賃金審議会でそれぞれの引上げ額が審議されましたが、27県がこの50円を上回る引上げ額を答申しました(最高は、84円引上げの徳島県)。
 なお、徳島県以外の50円を上回る引上げ状況は、次のとおりでした。
 59円(岩手県、愛媛県)、58円(島根県)、57円(鳥取県)、56円(佐賀県、鹿児島県、沖縄県)、55円(青森県、山形県、福島県、高知県、長崎県、大分県、宮崎県)、54円(秋田県、新潟県、熊本県)、53円(福井県)、52円(茨城県、香川県)、51円(石川県、岐阜県、兵庫県、和歌山県、山口県、福岡県)
(注)原則、都道府県の経済実態に応じ、全都道府県をA~Ⅽの3ランクに分けて、引上げ額の目安を提示している。 現在、Aランクは東京都などの6都府県、Bランクは茨城県などの28道府県、Cランクは沖縄県などの13県となっているが、前述のとおり、令和6年は、A、B、C一律の引上げ額(目安)となりました。

 目安の50円を上回った都道府県は、東北、山陰、四国、九州(沖縄含む)などのランク付けのB及びCランクの県が多く、都市部ではありません。また、能登半島地震や最近の豪雨により甚大な被害を受けた石川県も含まれています。

 これら都市部以外での目安額(50円)を上回る引上げに至った理由には、春闘の賃上げ、消費者物価の上昇などの外部要因もあるかと思いますが、根本的な要因としては、人手不足があるようです。そして、人手不足を背景とした隣県同士での人材獲得競争の激化も拍車をかけているようです。

 また、最低賃金については、従来から、パート・アルバイトの賃金を決定する際の考慮要素とされてきましたが、最近では、中小企業の正社員の賃金額決定にも影響が及んでいるようです。

人件費高騰と賃上げ原資の不足

 既に、各所において指摘されていますが、上記の賃上げ、最低賃金の大幅な引上げは、中小企業等の経営に大きな影響を与えることが懸念されています。その中での大きな問題は、前述の「防衛的賃上げ」のように賃上げの原資の捻出の目途が立っていないことにあると思います。そして、現在は、この人件費の高騰に、原材料、エネルギー物資の高騰、国内金利の上昇が加わり、このコスト増による地方の中小企業等の廃業、倒産が増加、加速することが懸念されています。

今後の課題

 これらコスト増への有効な対処については、中小企業等による大企業、取引先への価格転嫁が不可欠とされていることは、周知のことと思います。政府、中小企業庁も適正な価格転嫁を呼び掛けており、公正取引委員会も令和5年11月29日に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(詳細は省略)を出しています。
 しかし、現状は、中小企業庁の調査結果等を見る限りでは十分な価格転嫁若しくは価格交渉自体も出来ていない場合も少なくなく、今後は、同指針、いわゆる下請法の運用などを通じ、適正な価格転嫁が行われるよう、例えば、価格転嫁アドバイザーなどの登用など人的配置を含めた環境整備をより一層、政府等が進め、後押し、していく必要があるかと思います。 

(まとめ)中小企業等における賃上げについて(懸命に働くこと)

(photo by AC)

 前述までは、最低賃金、賃上げの現状や課題等について、法律や諸制度等を基に技術的な話となりましたが、そもそも、労働者の賃金を上げるには、やはり、会社が儲かることが大前提にあると思います。「防衛的賃上げ」のように、業績が芳しくない状態で大幅な賃上げをしていては、そのうち、息が切れてしまうかもしれません。かと言って、人が集まらないと、会社運営が成り立たず、これも長続きしないかもしれません。よって、原資がないのに賃上げをという、負のスパイラルに陥っている感があります。

 日経平均株価が上がり、賃上げも33年ぶりに5%超えをし、街を歩けば高級店での買い物や飲食する人たち、億単位の高層マンションをポンと買える人たちがいますが、本当に日本の景気は良くなり、豊かになっているのでしょうか?かって「中流」と呼ばれていた層は消滅し、豊かさを感じれる層とそうではない層との格差が広がっているように思います。また、バブル期との比較がされる時がありますが、バブル好景気は、プラザ合意の良い副作用が効いただけのたまたま運が良かっただけと私も思っています。寧ろ、目を向けるのは、太平洋戦争後の焼け野原から、高度経済成長を達成させた、当時の人たちが、がむしゃらに働いていた時期だと思います。

 私も経営のプロではないので、簡単に会社の生産性云々を言うつもりはありません。
 なので、少し、精神論的な話になるかもしれませんが(尤も、経営者は、キャッシュフロー計算書を正確に読めるなど数字に強いという前提で)、まずは、経営者自体が会社を伸ばしたいと強い意志を持つ必要があり、そして、社員、従業員にも会社が成長する段階で何か享受出来得るようなメリット、仕組み(金銭的なもの+それ以外の本人の一生にとって必要なもの)を取り入れ、従業員等が経営者と一緒に、がむしゃらに、苦楽を共にしてもよい、というインセンティブを経営者が従業員等に与え、従業員等が会社の成長を共に喜べるような環境作りを、経営者が作っていく、リードしていくことが必要かと思います。
 
 この発想は、従業員等から観た場合、ある意味、捉え方で、昭和的な発想で、いわゆる「働き方改革」と呼ばれている施策と一部逆行するかもしれません。 
 しかし、筆者のブログ記事「令和ルネサンス「コロナ緊急措置終了へ(中の小企業支援のスタンスを経営改善・再生支援を軸とする方向に回帰、民間ゼロゼロ融資返済、本年4月が山場)、そして、この先(その2)」中に記した、巷に言われる「失われた30年」について、「この30年間で日本が失ったものがあるとすると、それは、全ての人々の場合ではないですが、「勤勉さ」「生真面目さ」「実直さ」かもしれません(良し悪しのコメントは、控えます。)。」の中の「勤勉さ」について、今一度、再考してみても良いかなと思います。前述のとおり、会社が儲かるためには、まずは、労使共に「一生懸命働くぞ」という意思の共有が必要だからと思うからです。

 がむしゃらに、一生懸命に働くことによって、その対価が得られること、そして、その仕事を通じ、自分の成長を感じる、確かめることに意義について、今一度、再考、チャレンジしてみてはどうでしょうか。

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この記事を書いた人

勤務特定社労士。左記国家資格以外に、BSA(事業承継アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、TAA(事業再生アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、事業承継・M&Aエキスパート(一般財団法人金融財政事情研究会)の認定資格を取得。現在は、上記いずれの資格とは、直接には関係のない公的年金関係の団体に従事する勤め人です。保有資格に関連する実務経験はありませんが、折角、保有している資格を活かしたく、個別労働関係紛争に関する事項、労働法務デューデリジェンス、中小企業の事業再生や事業承継M&A、経営者保証問題について、中小企業庁が公表している各種ガイドライン、M&A関連書籍等及びセミナー等を通じて、自己研鑽・研究しています。現在(令和6年)、58歳。役職定年間近の初老の職業人です。

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