カスハラに起因する自殺に労災認定

(photo by AC)

 まずは、今回の事件において、亡くなられた方に対してご冥福をお祈り申し上げますとともに、ご遺族の皆様にお悔やみ申し上げます。

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事件の概要

(photo by AC)

 さて、既にご存じだと思いますが、埼玉県に本社を置く住宅メーカーの男性社員=当時(24)=が2020年に自殺したのは、客からの迷惑行為「カスタマーハラスメント(カスハラ)」による精神疾患が原因として、柏労働基準監督署(千葉県柏市)が昨年10月に労災認定していたことが同社などへの取材で判明した各メディアが報じています。「自殺とカスハラの因果関係を認めた労災認定が明らかになるのは異例という。」ということです。

 「代理人弁護士によりますと、男性は住宅を新築中の顧客から、業者の路上駐車をめぐり強い口調でクレームを受けたり休日に電話に出なかったことを怒られたりしていたということです。男性の携帯電話には『そんなんじゃ銭なんか払わねえぞ』とか『すいませんですむか』などと、まくしたてる音声が残されていたということです。」ということです。

 なお、カスタマーハラスメントの定義・行為類型等の概要及び労災認定として扱われること条件等については、当ブログの「カスタマーハラスメントが精神障害の認定基準(労災)の評価項目に」において触れているところです。

根本的な解決は難しい

住宅メーカー会社の対応

 この住宅メーカー会社では、各メディアの報道を受けて、「弊社に関する報道について(カスタマーハラスメント等を要因とした労働災害に関する報道)」として、ホームぺージに再発防止に向けた取組み等を公表しています。

 再発防止策には、相談窓口に設置や外部機関によりカウンセリングの拡充などが謳われています。代理人弁護士が「パワーハラスメントと違い、客との間で起きるカスタマーハラスメントは表面化しにくい。」と言っているように、被害を受けた従業員が問題を一人で抱え込まないようにするための第一関門、必要かつ最低限の措置だと思います。

何が問題の核心なのか

 最近、あまりテレビ等で取り上げられていませんが、過って、「モンスターペアレント」と呼ばれた人たちが学校の教員を苦しめている状況がよくテレビ等で報道されていました。

 公立学校の教員の話しに限定すれば、教員の足元(教育委員会を頂点とした教員という立場、公務員という立場等からクレームに正面切ってカウンターを返せない)を見た無理難題を吹っ掛けるという状況だったと思います(今でも、報道されないだけで十分に存在していると思います。)。

 この亡くなった元従業員の方も、住宅建築という会社の利益に大きく関わる案件だった故に、施主の暴言や無理難題なクレームに逆らえないという立場、構図があったと思います。顧客を失い、失職するようなことがあれば、自分の生活や今後の人生にも大きな影響があります。

 要は、経済的又は社会的若しくは属する組織(ムラ)の規律から、良くも悪くも服従させる方と服従する方の立ち位置の構図が最初から決まっており、服従させる方のモラルの欠如が一線を越えてしまっているということだと思います。
 この点については、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント等の各ハラスメントに共通して言えることではないのでしょうか。

有効な対策はあるか

 前記のとおりですので、カスタマーハラスメントは、前提として強者と弱者の構図があり、強者(ハラスメントする側)の方に、基本的な問題があるということをまずは認識すべきだと思います。

 会社側のリスクとして、会社が放置した場合については、使用者の安全配慮義務(労働契約法第5条)違反となり得る可能性もあり、この場合、労災保険給付を超える損害について、民法上の損害賠償責任(安全配慮義務に対する債務不履行)を負う可能性があるという一般論を論じてもいいのですが、今回の事件を考える時、それは、解決を目指すゴール地点ではないと思います。

 今回の事件のように、人の生死に関わる問題が発生していることを考えると、まずは、従業員の心が折れることを未然に防ぐことだと思います。
 
 それには、やはり、経営者、会社のトップのカスハラと闘うという腹決めと覚悟、従業員への表明が必要だと思います。浪速節的な言い方になりますが、そのようなトップの腹決めがあってこそ、たとえ、悪質なカスタマハラスメントを受けたとしても、従業員の心が折れない、心柱となるのではないでしょうか。従業員の心に余裕が出来れば(物理的な暴力を除き)、暴言や不当要求も単なる雑音になるのではないでしょうか。

 まずは、トップの一言が肝要かと思います。

最後に

カスハラに対する最近の企業側の対応の動向

 先月の下旬に、全日本空輸(ANA/NH)と日本航空(JAL/JL、9201)が、利用者が従業員に対して理不尽な要求や非人道的な対応を強要する「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の対処方針を共同で発表しました。
 人としての倫理観が欠落した一部利用者による暴言や暴行などから従業員を守るとともに、安全性やサービス品質の向上を図るとし、暴言や不当な要求などカスハラ行為に該当する場合は、毅然と組織的に対応するとしています。

 対処方針では、カスハラ行為者からの逆提訴されないよう、カスタマーハラスメントの定義を明確にしたうえで、カスハラ行為例を類型化し、かつ、具体例を例示列挙するなど、細かいところまで考えられています。

 最近では、ANAやJAL以外でも、会社側でカスハラに対し、毅然と対応する旨の表明をする会社も散見されてきております。

バランスの取れた運用を。本当に手を差し伸べるべき相手を助ける 、霖雨蒼生。 

 令和5年9月1日から、精神障害の労災認定基準の改正が行われ、カスハラが労災として認められるかの判断基準である(業務による強い心理的負荷が認められるか)「業務による心理的負荷表」に追加されました(「カスタマーハラスメントが精神障害の認定基準(労災)の評価項目に」)。

 前述のとおり、「自殺とカスハラの因果関係を認めた労災認定が明らかになるのは異例という。」であり、前記のとおり、カスハラが労災認定の判断基準に盛り込まれた改正直後に、今回の事件について労災認定がされています。代理人弁護士が「客との間で起きるカスタマーハラスメントは表面化しにくい。」と言ってるとおり、大体が泣き寝入りするパターンが多かったと思いますが、今回はそう言った意味では、運用する側(労基署)の判断は、あるべきベクトルに向かったのではないでしょうか。

 一方、会社側やお店側の従業員に問題(不誠実な対応、不愉快な対応等)がある場合も一定程度あると思います。私自身も過去に、某中古車販売会社の販売店で購入した中古車を廃車した際に、事故車だったことが判明し、その会社のお客様センターにクレームをつけた際の会社側の担当者の態様に激怒したことがあります。

 したがって、カスタマーハラスメントに注視するばかりに副作用が生じる可能性もあるかと思います(他のハラスメントでも同様)。よって、会社側やお店側でも、正当なクレームについて、きちんと対応する心構えや体制、手順等を整備しておく必要があるかと思います。

 何を守るべきかなのか(今回の事件で言えば、追い込まれた従業員の精神と生命)。軸足をしっかり定めた運用が必要かと思います。このような痛ましい事件以外でも、色々な制度の裏で光が当たらず、本当に手を差し伸べるべき相手がいるかと思います。これらの人たちを発掘し、助けると共に、カスハラの行為類型だけを形式的に当てはめ、カスハラの有無を判断するのではなく、守るべきものは何か見極めた実態に即したバランスが取れた運用が大事かと思います。

 あと、蛇足ですが、誤解を恐れずに言うならば、もう少し、「個」としての対応に寛容であってもいいと思います。不当な要求や土下座を強要するなど一線を越えた相手に対しては、(傷害事件に即なりそうな相手は別として)それ相応の対応をしても会社やお店は咎めないという「個」の対応を認めるという「個」の醸成があってもよいかな、と思うところです。

 なお、7月19日に開催された「雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会」(座長=佐藤博樹東京大名誉教授)の報告書案に、「顧客による迷惑行為『カスタマーハラスメント』について、従業員をカスハラから守る対策を講じるよう、企業に義務付ける方針」が盛り込まれました。いわゆる企業など事業会社以外の「病院、学校、福祉施設といった公共性の高い施設にも同様に義務付ける」ということです。

 8月中をめどに同報告書をまとめ、審議会を経た上で関係法令の改正に策定にかかるということです。



 
 
  

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この記事を書いた人

勤務特定社労士。左記国家資格以外に、BSA(事業承継アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、TAA(事業再生アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、事業承継・M&Aエキスパート(一般財団法人金融財政事情研究会)の認定資格を取得。現在は、上記いずれの資格とは、直接には関係のない公的年金関係の団体に従事する勤め人です。保有資格に関連する実務経験はありませんが、折角、保有している資格を活かしたく、個別労働関係紛争に関する事項、労働法務デューデリジェンス、中小企業の事業再生や事業承継M&A、経営者保証問題について、中小企業庁が公表している各種ガイドライン、M&A関連書籍等及びセミナー等を通じて、自己研鑽・研究しています。現在(令和6年)、58歳。役職定年間近の初老の職業人です。

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